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坐骨神経痛治療3年間の全軌跡!!腰椎椎間板ヘルニア、すべり症、脊柱管狭窄症、坐骨神経痛の方は必見です。

2019/05/20
 
坐骨神経痛治療3年間の全軌跡
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早坂 秀一 (Hidekazu Hayasaka)
痛み回復センター東京代表/整体師/セミナー講師/痛みに特化したブログ「バックペインラボ」運営
慢性疼痛で苦しんでいる人に希望と安心を提供し、一人一人が自分らしい生活を送れるよう整体やブログ、セミナー等を通じて心と体の両側面からサポートします。

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この記事は腰椎椎間板ヘルニア、すべり症、脊柱管狭窄症と診断され、椅子に座ることのできない坐骨神経痛に苦しんだ女性の3年以上に及ぶ坐骨神経痛治療の全軌跡です。

もちろん健康な方にも読んでもらいたいのですが、痛みで苦しんでいる人にはぜひこの記事を勧めてあげていただきたいのです。

この記事を読めば絶望と不安が希望と安心にかわり、行動する勇気がわいてきます。

何にしろ治療家が言うよりも何十倍も説得力がある文章であり、痛みの概念を変えてくれる記事であるからであります。

1. はじめに

2015年春、右股関節から右下肢への痛みを発症し腰椎椎間板ヘルニアと診断されてから、現2019年春までの経過を辿ります。

2015年春の症状は短期間で治癒し、A療法にてメンテナンスを継続。

一年以上にわたり信頼してきたA療法の施術が、2016年に発症した左脚の坐骨神経痛に対して有効でなかったことを発端として、10数件の治療院を渡り歩く「痛み難民」となりました。

2016年のMRI再検査では、前回にはなかった「すべり症」と「脊柱管狭窄症」が新たに加わり、座位が全く取れなくなったことで、このままでは車椅子生活どころか寝たきりになるという恐怖に苛まれました。

現在は痛みはまだ残っていますが、痛みに対する恐怖心や不安感はなくなりました。

根気よく治療に当たってくださった早坂先生に、心から感謝申し上げるとともに、この記録が何かのお役に立てば幸いです。

2. A療法

2015年の右脚痛の時は、「ヘルニアは自然に体に吸収されて治癒することが多い」という医師の説明を受けて、痛みに対する恐怖は余りありませんでした。

ただ、リハビりでは、腰が悪いはずなのに、痛みの出ている右脚のストレッチやマッサージのみであることに疑問を感じていました。

そんな時に出会ったのがA療法でした。「■■■■■■」を利用した体に負担のない優しい治療は、自分に合っているように思えました。2か月ほどで右脚の痛みは消え、それ以降もメンテナンスを継続していました。

2-1. A療法の結果

それから約1年後(2016年)の春、最初は左太ももの裏に時折ピリッとした痛みを感じる程度でしたが、日ごとに痛みの頻度と範囲が広がっていきました。

A療法の先生は、梨状筋症候群なのですぐ治るとのことでした。

治療の頻度を上げましたが、痛みは悪化する一方でした。

「骨盤もまっすぐだし、問題ないね」と自信たっぷりに言われてしまうと、それ以上訴えることができなくなり、理解されない不安と不満を抱きつつ治療の継続を断念することとなりました。

これが3年以上に及んだ「痛み難民」の始まりでした。

2-2. 座ると瞬時に激痛が走る

痛みが出始めてから2週間ほどで、座ると瞬時に激痛が走るようになりました。

それでも当時は立ったり歩いたりしている間に痛みが和らぐので、「動いている間に筋肉の緊張が取れる=梨状筋症候群」だと理解していました。

3. B療法

次に頼ったのが「神の手」リストに掲載されているB療法の先生でした。

ここで初めて「ヘルニアや狭窄は痛みの原因ではなく、痛みセンサーである受容体の暴走が原因」であるとの説明を受けました。

今思えば、G療法と酷似した治療法でしたが、「3回の治療で結果が出なければそれ以上継続しても無駄なので断っている」ことに不安を感じながら、3回目を迎えました。

その頃は痛みがピークに達していて、睡眠も満足にとれない日々が続いていました。

3-1. B療法の結果

悪い予感は的中し、3回目で結果は出ず、待合室に貼られていた「一回で治った」「魔法のよう」などと書かれたたくさんの患者さんのコメントを読みながら、絶望感に襲われていました。

ペインクリニックの紹介状を手に、もう二度と来ることはない治療院を後にしました。

3-2. 常に自分を切りつけているような痛み

痛みの範囲と頻度に加え、強さも激しくなっていました。

左脚にカミソリの刃が何本も埋め込まれていて、常に自分を切りつけているような痛みでした。

この頃になると、歩いても痛みが和らぐことはなく、痛みをやり過ごす方法もなくなっていました。

整形外科で処方されていたボルタレンは全く効果がなく、リリカを飲むと、翌日の朝は起き上がれないほど体調が悪く、薬は諦めるしかありませんでした。

4. C療法

ペインクリニックについて調べるうちに、■■■にアプローチする方法として、注射以外にも鍼が有効であるらしいことが分かり、C療法を得意とする鍼灸院を見つけて通うことにしました。

注射を打つことには大きな抵抗感と恐怖心があったのです。

入手可能な中で最も高価だという鍼を惜しげなく使い捨てにし、通常40分ほどの治療に倍以上の時間をかけて、懸命に治療をしていただきました。

鍼を打った時の手の感触で、■■■に当たったかどうかが分かるらしいです。

懸命の治療にもかかわらず、痛みは全く改善がみられませんでした。

4-1. C療法の結果

痛みの原因についての説明は余りなく、「■■■を手探りで探して鍼を打つ」の繰り返しでした。

通常数回の治療で痛みは半分以下になり、歩けなかった人も歩けるようになると聞いていたので、期待する気持ちは大きかったと思います。

回数を重ねても痛みは改善せず、鍼の痛みと、通院のための自転車の移動時の痛みとのダブルパンチで心が折れました。

いつも元気いっぱいの先生との楽しい会話と、治療後に淹れてくださる美味しいコーヒーは大きな癒しになっていましたが、次に進む必要があると判断し、別れを決意しました。

4-2. 唯一の救いは「痛くても自力で歩ける」こと

左脚を内転させると激痛が走ることにも気が付きました。

「座っても、立っても、歩いても、寝ても痛い」状態ではありましたが、唯一の救いは「痛くても自力で歩ける」ことでした。

5. D療法

自宅近くにも沢山の整骨院や治療院があり、その中にきっと自分に合う治療があるはずだと思って選んだのがここでした。

看板は「整骨院」でしたので、■■■を使ったD療法であることは、初診の時に初めて知りました。

HPには「治療に絶対の自信がある」と書かれていたことが決め手になりました。

ここでも「骨の変形は痛みの原因ではない」ことが力説され、「必ずお役に立てます」という先生の言葉にすがるような思いでした。

ところが、2回目の治療後に気分が悪くなり(この時は気にしていませんでした)、3回目の治療が終わって帰宅後には嘔吐するほどの体調不良に襲われ、丸3日ほとんど動けなくなってしまいました。

5-1. D療法の結果

メニエールの持病があるので、首周りへの刺激が良くなかったのではないかとの自己判断で、それ以降の予約をすべてキャンセルしました。

期待をかけて臨んだ治療が上手くいかなかったときの絶望感は、とてつもなく大きいものがありました。

その当時は、キャンセルの理由を自分から伝える勇気はなく、先生からも質問されませんでしたが、今でもあの体調不良と治療の関係について、もやもやとしたわだかまりが心の中に残っています。

5-2. 治療後の体調悪化

3回目の治療後の体調不良はとても辛く、救急車を呼ぼうかと思うほどでした。

治療を受け入れないばかりか、体調まで悪化したことで、暗黒の地底に突き落とされたような恐怖感を覚えました。

6. E療法

次は、日本全国から重症患者が頼ってくる有名なクリニックです。

予約が数年待ちという時期もあったので、電話をするのは勇気がいりました。

治療体制を強化しているそうで、最短で翌日には予約が可能とのことで、それはそれで不安でしたが、とりあえず予約を入れました。

私が想像していた「丁寧な問診」とは名ばかりで、症状から「仙腸関節」が原因だと即断が下りました。

E療法の手技自体はあっという間に終わり、1.2気圧の酸素カプセルや最新型のウォーターベッドなど、高価な治療機器を回るルーティンをこなすために多くの時間を費やしました。

次回の予約を半ば強制的に取らされて治療を終えました。

6-1. E療法の結果

テニスボールを2つ並べて固定し、仙腸関節に当ててゴロゴロする体操をするようにと言われましたが、左脚に激痛が走り、とても続けられそうにありませんでした。

それでも少しづつ痛みが改善することを願いつつ、次回の予約まではと頑張ってみたものの、一向に改善しませんでした。

受付の女性の冷たくぞんざいな態度を思い起こしながら、次回の予約日が近づくにつれ憂鬱な気持ちが増大し、二回目の治療を受けずに断念しました。

6-2. どうやって歩けば良いか分からなくなる

体のねじれや骨盤の位置のずれを指摘され、歩き方に気を付けるようにと指導されましたが、気にするあまり不自然な歩き方になり、その上その歩き方が正しいのかどうかも分からず、どうやって歩けば良いか分からなくなっていました。

7. F療法

この頃から「どこにいっても治らない」という絶望感が心を支配し始めました。

それでも新しいキーワードを見つけては、はかない期待を胸に治療院を訪ね歩くようになりました。

「■■■■■■」というワードもその一つでした。

初回は980円と破格の安さ。

「治療後1㎜も改善しない場合は全額返金」は治療に自信がある証拠だろうと勝手に期待値を上げていました。

「一人一人の症状に合わせたオンリーワンの治療」で、「その日のコンディションに合わせた最適な治療」のはずが、毎回同じパターンの繰り返し。

痛みに寄りそう心意気は感じられませんでした。

7-1. F療法の結果

ある日の治療中に、治療室の床を■■■■が走り抜けました。

その時はグッと我慢しましたが、期待したような治療も受けられていないのに、不衛生な治療院に通う義理はないと、決別を決意しました。

8. G療法

「■■■」という新しいキーワードに出会いました。

骨の変形は痛みの原因ではないという点はB療法と同じで、治療スタイルもよく似ていました。

痛みが出た時に「何か特別な出来事」はなかったか、「座ることに抵抗を覚えるような出来事」はなかったかなど、いろいろな話をしましたが、その当時は自分ではよく分かりませんでした。

治療前と後に、ストレス指数などの自律神経の働きを調べて変化を可視化するのですが、治療後の方が数値が悪化するのが常でした。

ここでもダメだという絶望感が頭をもたげてきた時に、■■■■■■を使った■■■■■■■の提案がありました。

■■■■■■■で体が変わるというのですが、気が進みませんでした。

8-1. G療法の結果

G療法では、数回で痛みがゼロになる人が多いらしいのですが、10回を超える治療を重ねても痛みは改善せず、何より治療後の方が自律神経の数値が悪いことの合理的な説明がなかったことが不安でした。

全国に数名しかいないG療法認定インストラクターの治療も受け入れない自分の体は、いったいどうなっているのか。自暴自棄になりかけていました。

8-2. 強烈なインパクトを受けたMRI画像が、脳裏から離れることはありませんでした。

この頃になると、ヘルニアや狭窄などの骨の変形と痛みの関係についての理解は、少しずつ進んでいたように思います。

「腰痛学校」や「椅子がこわい」を読んだ時期でもありました。

しかし、強烈なインパクトを受けたMRI画像とその診断内容が、脳裏から離れることはありませんでした。

9. H療法

痛みに対する考え方は実にシンプルでした。

どんな痛みであろうと、血液とリンパの流れを正常にして、老廃物をしっかり流してやるだけで改善するというのです。

難しく考える必要はないと言われ、気は楽になりました。

「難しい状態ではない」のだから、必ず良くなるだろうという淡い希望が持てたのです。

かなり強い力を加えてのマッサージで、治療後には疲労感が残るほどでした。

治療後に「一回では痛みは完全には取り切れていないと思いますけど」と言われても、やはり治療前と同じ痛みを感じていました。

9-1. H療法の結果

かなり強い力を使ってのマッサージでしたので、頻繁に先生のため息が聞こえてくるのがとても嫌でした。

「大変な治療をさせてしまってごめんなさい」と申し訳ない気持ちになっていたのです。

しかし「血液とリンパの流れを改善して老廃物を流す」という着眼点は心に残りました。

であるならば、近くの整骨院で普通にマッサージを受ければよいと考えました。

10. 整骨院での保険治療

自宅近くの整骨院のHPを検索し候補を絞りました。

その中に「地域初の炭酸ミスト導入」が目に留まりました。

炭酸ミストは血行促進効果が高いそうで、今の自分に有効かもしれないと思いました。

メールで問い合わせると、坐骨神経痛の治療にも保険が適用されるとの回答でした。

マッサージ、干渉派、マイクロ波、炭酸ミスト、温浴、カッピングなど、好みの治療を組み合わせることもできました。

常時4~5人で治療に当たっていて、待ち時間もほとんどないので週4~5日通い詰めました。

10-1. 整骨院での保険治療の結果

今まで痛みが改善する気配が全くなかったのですが、この整骨院に通い始めてから体が楽になったと感じることが出てきました。

変化は感じつつも痛み自体は相変わらずでした。

ある時院長先生から「背中が随分伸びて柔らかくなったね。まだ座れない?」と聞かれて我に返ったような気がしました。

「座れるようにならなければ意味がない」そう思うと、やはりいつまでもここに通っていてもダメなのではないかと思い始めました。

次を探す必要性を感じ始めました。

11. ■■の不思議な治療院

10年以上前に頚椎症と診断された時に助けていただいた治療院のことを、ふと思い出しました。

芸能人も多く通う、知る人ぞ知る治療院です。

閉店すると聞いていたのですが、何となく気になって電話をかけてみると、応答メッセージが流れました。

「営業中」であることのサインです。

やりかけの仕事を全部放り出して飛んでいきました。

大変な混雑でしたが、内心「これで助かる」と思いました。

治療は手で背中をササっと払うような不思議な治療で、10数秒で終わりです。

11-1. ■■の不思議な治療院の結果

「狭窄の部分を膨らませておくからね」といつもの感じであっという間に治療終了。

「一週間以内にもう一度来てね」と言われて4回通いましたが、頚椎症の時のようには痛みは引きませんでした。

「あの時は3回で治ったのに・・・」A療法と同様、以前は有効だった治療をことごとくはねつけるのはなぜなのか。

更なる不安と恐怖に襲われ始めました。

11-2. 不安は余計に大きくなりました。

狭窄を膨らませて広げることができるかどうかは別として、治療室で患者を座らせ、後ろから左手を真上に上げさせて見るだけで「狭窄があるね。これが原因だね」と言う先生は、神様のように思えました。

「狭窄は広がってるね。治療は大成功!」と笑顔で言われると、「でも痛みは変わりません」と言う勇気はありませんでした。

やはり、狭窄が原因ではない・・・とすれば、治す方法がないのかもしれない。

不安は余計に大きくなりました。

12. I療法

ネット検索のキーワードを「坐骨神経痛」や「腰痛」から「痛み」「治らない」といったワードに変えたのがこの頃です。

そうして見つけたのが「■■■専門院」。

副院長によると「ただの■■専門院ではなく「どこに行っても治らない■■」専門院」なのだそうです。

会員制をとっていることが少し引っ掛かりました。

会員制ということは、やはりそう簡単には治らないのだという不安を感じたのです。

「■■■の■■を柔らかくすれば、全ての体の痛みが改善する」ので、徹底的に■の■■を柔らかくするのです。

■■■■部分を指で■■■■■して、■■■に触れるまで■■を柔らかくしないうちは、「治らない」という訴えは聞き入れられませんでした。

 I療法にはいくつもの細かなルールがあり、正確性が最も重要だと教えられました。

12-1. I療法の結果

■■■で I療法の細かなルールについて教えくれるのですが、自分でマスターするにはとてもハードルが高いと感じました。

認定院やインストラクターを目指している治療家でさえ、自分の■■を柔らかくできずに苦戦しているのに、患者に高い技術を求めるのは間違っていると思いました。

しかし I療法は「科学」なので、■■の特性を研究した結果に誕生した「 I療法」は唯一無二の方法であると教えられました。

「■■■■■■」という言葉も初めて知りました。

痛みが改善しないのは、 I療法を正しく実践できていないことと、■■■■■■が原因だと繰り返し言われました。

そして、■■■を解消する技術を持っているのは、院長である■■先生だけだとも。

限界を感じていました。

13. I療法認定院

自力での I療法は諦め、学習会で指導に当たっていた先生の認定院にて治療を継続することにしました。

ここでは I療法の手法を、■■だけでなく体の全てのパーツに応用できるように独自に工夫して治療をしていました。

ただ私のケースでは、どこにどのようにアプローチすれば痛みが改善するかは、やってみないと分からない様子でした。

毎回悩みながら、今日は「この■■を緩めて関節を少し前に持ってきた」などと説明されるのですが、正直なところ特に変化は感じませんでした。

骨盤の位置を矯正したと言われた後に、D療法で経験したような気持悪さが襲いました。

先生曰く「骨盤を動かすと首が耐えられないのかも」と。

腰のI療法をすると、ふくらはぎに強い痛みが出る原因についても、納得できる説明はありませんでした。

13-1. I療法認定院の結果

「■■の■■さえ緩めればすべて解決する」という理論を、当時は信じて疑いませんでした。

固かった■■の■■は、自分で触っても柔らかくなっているのが分かるようになりましたが、痛み自体に変化はありませんでした。

「他はここでやるから、■■■■■だけ自分で緩めておいて」と先生に言われるのですが、相変わらずふくらはぎに強い痛みが出て、長くはできませんでした。

「どこに行っても治らない痛み」を治してくれるはずの治療への期待感は、徐々にフェードアウトしていきました。

13-2. 一生このままかもしれないという諦めの気持ちで心は折れかけていました。

押すと激痛が走るポイントが■■にあり、その■■を柔らかくすれば痛みは取れていくと言われました。

下手なリにもI療法をするうちに、指摘された箇所の■■は柔らかくなり、押しても痛みは感じなくなりました。

けれど、左脚の痛みは全く改善しませんでした。

I療法をしていると、左のふくらはぎに強い痛みが出ると訴えると、「筋肉運動による疲労」だろうと言う先生もいましたが、さすがにそれには納得できませんでした。

「痛みはあるけれどとにかく動ける」これが最後の砦。

何とかしなければいけないと思いつつ、一生このままかもしれないという諦めの気持ちで心は折れかけていました。

そしてついに、その当時は「最後の治療院」になるとは予想もしていなかった、早坂先生の「痛み回復センター東京」に出会うことになりました。

14. 最後に

以上が3年間の治療の大まかな経過です。

上記の治療以外にも、気功整体や深層筋マッサージなどに加え、「~は自分で治せる」という類の本やDVDもたくさん購入して試しました。

「原因が分からないから治せない」と断られた治療院も複数ありました。

そして最後にたどり着いたのが、早坂先生の「痛み回復センター東京」でした。

なぜここを選んだのかといえば、従姉が問い合わせをしてくれて、「行ってみたら」と言ってくれたことと、「巣鴨」という土地に馴染みがあったことぐらいで、それ程積極的な動機はなかったと思います。

一回目の治療の時に、たくさんの治療院を経験してきたことや、「痛み回復センター東京」の次の候補も決まっていることを話すと、早坂先生は「やめてください」とおっしゃったのです。

その一言で「ここに通ってみよう」という、受け身ではない自発的な意志が芽生えたような気がしています。

自分で治せるなら治したいと、いろいろ試した結果はことごとく惨敗でしたので、私は「先生に治して欲しい」の一点張りで、随分先生を困らせたかもしれません。

あれから半年余りが経ち、あの当時に抱えていた不安や恐怖は消え、痛みも随分軽くなりました。

今振り返ってみても、この慢性痛の原因はよく分かりません。

どんな治療も受け入れずにはねつけてきた理由もよく分かりません。

なぜ改善してきたのかも含め、この3年間の経過を客観的に分析したり認識したりするのには、もう少し時間が必要だと感じています。

なぜなら、今でもあの強烈な印象を残したMRI画像と診断結果が、全く何の関係もなかったとは、まだどこかに信じ切れない気持ちが残っているからです。

ただ、経験したからこそ言えることが一つだけあります。

「大丈夫。必ず治るよ。」

慢性痛で苦しんでいるみなさんに、そうお伝えしたいです。

治りたいという希望さえ失わずにいれば、いつか必ずその時が来ます。

痛みを理解してくれる強い味方がここにいるのですから。

 

以上が、Yさんから頂いた3年以上に及ぶ治療の経緯と坐骨神経痛で苦しんでいる方への力強い励ましのメッセージです。

15.補足

YさんからUSBを渡された時には、まさかこのような内容のデータが入っているとは思いませんでした。

もちろん、お客様の声をUSBで頂いたのは初めてです。

ともかく、3年以上前から現在まで、ここまで詳しく記すことが出来るのは、それだけ辛く苦しかったことの証ではないでしょうか。

激痛のため座ることができなかった3年間。

食事の時も、電車で移動する時も、仕事のデスクワークも何時間も立ったままの生活。

「私は座ることができないから、歩けなくなったら車椅子という選択肢はなく、すぐ寝たきりになるんです!」

「私は自分では何もしません。先生が全て治してください!」

「絶対に見放さないでください!」

今改めて思い出すと、一つ一つの言葉の背景には色々な思いが詰まっていました。

今振り返ってみても、この慢性痛の原因はよく分かりません。

どんな治療も受け入れずにはねつけてきた理由もよく分かりません。

なぜ改善してきたのかも含め、この3年間の経過を客観的に分析したり認識したりするのには、もう少し時間が必要だと感じています。

Yさんが言っているように、原因も治療を受け入れなかった理由も、今はまだ不明瞭で、改善したことも半信半疑の状態だと思います。

なぜ改善したのでしょう?

もしかしたら本当はもう気づいているのかもしれません…

いや、絶対に気づいてます。

「大丈夫。必ず治るよ。」

と断言していますから(笑)。

Yさんがこれまで受けてきた治療は日本でもトップクラスの治療家によるものです。

しかし、いくらトップクラスの治療家の治療を受けても治らないときは治らないのです。

治療の技術テクニック云々ではなく、痛みには治る環境、治るタイミング、治る思考、治る感情、治る意識というものがあるのです。

故に、それらをドンドン引き出すのが今回の私の役目です。

だから「治療法や評判に翻弄されるのはやめてください。」と言いました。

正直、これ以上傷ついて欲しくなかったんです。

決して他の治療法を否定している訳ではありません。

Yさん自身も「決して治療が悪かった訳ではないと思います。治療して頂いた先生方には感謝しています。」とおっしゃっています。

私も決して特別な技術テクニックを使っている訳ではありません。

ただ、痛みのミカタ(概念)、痛みをみる角度、痛みをみる深度が違うのだと思います。

痛みのミカタを変えれば痛みの原因も治療を受け入れなかった理由も、なぜ改善したのかも一つのストーリーとしてつながってくるのです。

自分の力を信じること。

自分を責めないこと。

私がYさんに何度も何度も言い続けている言葉です。

不安が安心に、絶望が希望に変わる時、痛みも変わるのです。

なぜ希望と安心が必要なのか?

その根拠は?

科学的理屈で説明することもできますが、それはまた次の機会に。

「大丈夫。必ず治るよ。」

彼女の伝えたかったこの言葉は、どんな名医やゴッドハンドの治療よりもあなたの痛みを癒すことでしょう。

最後までお読みいただき有難うございます。

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