【第1回】「変形しているから痛い」は間違い?
レントゲンが映さない”真犯人”を暴く論文を徹底解説
「骨がぶつかっている画像」を見て、あなたは絶望しましたか?

「レントゲンを見たら、軟骨がすり減って骨同士がぶつかっていた」
「先生に『これは痛くて当たり前だね、手術しかないよ』と言われた」
「私の膝は壊れている。もう二度と、元通りには歩けないんだ…」
病院の診察室で、白黒のレントゲン写真を見せられた時、あなたの心は凍りついたかもしれません。 そこには、明らかに形が変わってしまった自分の骨が写っていたからです。
「変形している=痛い」
これは、誰にとっても疑いようのない「常識」のように思えます。
しかし、もし私が「その常識は、現代の疼痛医学では否定されています」と言ったら、あなたは信じられますか? 「気休めを言うな」と怒るでしょうか。
いいえ、これは気休めではありません。 これからご紹介するのは、世界的な医学誌に掲載された「衝撃的な研究結果」です。 この研究を知れば、あなたが「変形しているから治らない」と諦める必要が全くないことがわかります。
こんにちは。慢性痛専門の整体院「痛み回復センター東京」の早坂秀一です。 全3回にわたり、あなたの痛みの概念を根底から覆す「痛みの新常識(システム論)」について、世界最高峰のエビデンスを元に解説します。
第1回のテーマは、「構造論(骨のせい)からの脱却」です。
古い常識「構造論」の限界と矛盾
まず、私たちが囚われている「古い常識」について整理しましょう。
「構造論(生物医学モデル)」とは何か?
これまで、整形外科や一般的な医療では、痛みに対して次のような考え方をしてきました。
- 「構造(Structure)」が悪化すれば、「痛み(Pain)」も強くなる。
- 「構造」を修理(手術)すれば、「痛み」は消える。
これを「生物医学モデル(Biomedical Model)」、あるいは「構造論」と呼びます。 「車がパンクしたら走れない(修理すれば走れる)」のと同じように、人間の体も「部品(骨・軟骨)」が壊れれば痛む、という機械的な考え方です。
一見、理にかなっているように見えます。 しかし、この理論には、説明がつかない「巨大な矛盾」が存在するのです。
現場で起きている「奇妙な現象」
あなたは、こんな話を聞いたことがありませんか?
- 「レントゲンでは軟骨がなくなっているのに、スタスタ歩いているお婆ちゃんがいる」
- 「手術で完璧に骨を治したのに、痛みが全く引かない人がいる」
- 「画像では『異常なし』と言われたのに、激痛で動けない人がいる」
もし「構造=痛み」が絶対の真実なら、これらの現象はあり得ないはずです。 なぜ、こんな矛盾が起きるのか? その答えを出したのが、2013年に発表された「ある決定的な研究」です。
決定打となった論文:「痛み」と「画像」の完全な決別
ここで、今回の核となる重要な論文をご紹介します。 少し専門的な内容になりますが、あなたの痛みの正体を知るために極めて重要なデータです。
【解説する論文】
変形性膝関節症における疼痛とレントゲン重症度の不一致:中枢性感作の定量的感覚検査からの知見
(Discordance Between Pain and Radiographic Severity in Knee Osteoarthritis: Findings From Quantitative Sensory Testing of Central Sensitization)
著者: Finan PH, et al.
掲載誌: Arthritis & Rheumatism(2013)
信頼度: リウマチ・関節炎分野で世界的に権威のある医学誌に掲載された研究です。
この研究チームは、変形性膝関節症(膝OA)の患者を対象に、以下の3つの要素の関係性を徹底的に調べました。
- 【構造】レントゲン上の重症度(K&Lグレード:変形のひどさ)
- 【症状】患者が訴える痛みの強さ(臨床的疼痛)
- 【システム】中枢性感作の程度(QST検査:脳・神経の過敏さ)
衝撃の事実①「変形がひどくても、痛みとは関係ない」
研究の結果、まず明らかになったのは「構造(レントゲン)」の無力さです。
データの分析により、「レントゲン上の変形のひどさ」と「患者が感じる痛みの強さ」には、相関関係がない(無関係である)ことが証明されました。
- 変形が末期(骨と骨がぶつかっている)でも、痛みが軽い人がいる。
- 変形が初期(少しすり減っている程度)でも、激痛を訴える人がいる。
つまり、あなたが病院で宣告された「軟骨が減っているから痛いんですよ」という説明は、科学的には根拠が薄いのです。
衝撃の事実②「痛みの正体は”脳の過敏さ”だった」
では、何が痛みの強さを決めていたのでしょうか? この研究が見つけ出した「真犯人」は、骨ではなく「神経システム」でした。
研究チームが「QST(定量的感覚検査)」という特殊な方法で、患者の「痛みに対する敏感さ」を測定したところ、以下の事実が判明しました。
【研究の結論】
「痛みの強さ」は、「レントゲンの変形」とは相関しなかったが、「中枢性感作(脳・神経の過敏さ)」とは強く相関していた。
これは、医学の歴史を変える発見です。 「骨がどうなっているか」よりも、「脳や神経がどうなっているか」の方が、痛みの強さを決定づけているということです。
この「中枢性感作(Central Sensitization)」こそが、当院が提唱する「システムの誤作動」の正体です。 (→中枢性感作については、次回の記事で詳しく深掘りします)
「変形していても痛くない」という希望のデータ
「ひとつの論文だけじゃ信じられない」という慎重なあなたへ。 実は、同様のデータは世界中で報告されています。
79%の人は「変形していても痛くない」
アメリカの大規模疫学調査「フラミンガム研究」などから導き出されたデータは、さらに衝撃的です。
- レントゲンで「変形性関節症」と診断された人のうち、約76%〜79%(研究により変動)は、「痛みを感じていない」。
- 逆に、痛みがある人のうち、レントゲンで異常が見つかるのはわずか15%〜30%程度。
この図を見てください。 「変形がある人(構造異常)」と「痛みがある人(症状)」の円は、少ししか重なっていません。 「変形=痛み」なら、この円は完全に重なるはずです。

なぜ、お医者さんは「骨のせい」にするのか?
では、なぜ病院では今でも「骨のせい」にされるのでしょうか? それは、レントゲンが「便利すぎる」からです。
レントゲンを撮れば、「骨折」や「腫瘍」などの危険な病気はすぐにわかります。これは素晴らしい技術です。 しかし、危険な病気がなかった場合、医師は説明に困ります。 そこで、画像に写っている「加齢による変形(シワのようなもの)」を指差して、「これが原因ですね」と説明する習慣が根付いてしまっているのです。
これを「VOMIT(ヴォミット:画像診断の犠牲者)」と呼びます。 画像を見せられることで、患者さんは「私は壊れている」と思い込み、その「恐怖」がさらに脳のシステムを誤作動させ、痛みを悪化させてしまうのです。
新しい医学モデル「BPSモデル」への転換
もう、「構造論」だけで痛みを説明することは不可能です。 現代の疼痛治療のスタンダードは、「生物心理社会モデル(Biopsychosocial Model:BPSモデル)」へと進化しています。
痛みを作る「3つの要素」
BPSモデルでは、痛みを以下の3つの要素が複雑に絡み合った結果だと考えます。
- Bio(生物的要素): 骨の変形、炎症、筋力低下など。(※構造論はここだけを見ていました)
- Psycho(心理的要素): 不安、恐怖、うつ、破局的思考(もう治らないという思い込み)。
- Social(社会的要素): 仕事のストレス、家庭環境、人間関係。
Finanらの研究が示した「中枢性感作(脳の過敏さ)」は、単に神経が勝手に興奮するわけではありません。 「Psycho(不安・恐怖)」や「Social(ストレス)」といった要素が「燃料」となり、脳の警報システムを暴走させた結果なのです。 (→詳しくは慢性痛とストレスの関係の記事へ)
あなたは「部品」ではなく「人間」である
車なら、部品(構造)だけ直せば走ります。 しかし、あなたは人間です。心があり、生活があり、感情があります。 それらすべてが脳に入力され、最終的な出力として「痛み」が作られます。
「骨だけ」を見て治療しても治らないのは、あなたが「システム(脳・神経・心)を持った人間」だからです。 構造(Bio)だけでなく、システム(Psycho/Social/Brain)も含めてリセットしなければ、慢性痛は解決しません。
「脳の誤作動」を科学する
今回は、徹底的に「構造論(骨が原因説)」の矛盾を暴きました。
- レントゲンの変形と痛みは相関しない。
- 痛みの強さは「中枢性感作(脳の過敏さ)」で決まる。
では、その「中枢性感作」とは、具体的に脳の中で何が起きている状態なのでしょうか? なぜ、ストレスや不安が、神経を過敏にさせるのでしょうか?
次回、第2弾では、この「中枢性感作(システムエラー)」のメカニズムを、最新の脳科学に基づいてわかりやすく解説します。 これを読めば、あなたの痛みが「気のせい」ではなく、「脳が起こしている生理学的な現象」であることがハッキリと理解できるはずです。
第1回のまとめと、次へのステップ
「私の痛みは、骨の変形だけが原因ではなかった」 「脳のシステムが関係しているかもしれない」
そう思えたなら、あなたは今日、「治らない構造論の迷宮」から脱出するチケットを手に入れました。
まずは、この新しい事実を脳にインプットしてください。 そして、次回の記事で「中枢性感作(システムエラー)」の正体を完全に理解しましょう。
> 第2回記事へ進む:脳が痛みを記憶する?「中枢性感作」の正体
本記事の参考文献(Scientific Evidence)
- Finan PH, Buenaver LF, Bounds SC, et al. (2013). Discordance between pain and radiographic severity in knee osteoarthritis: findings from quantitative sensory testing of central sensitization. Arthritis & Rheumatism, 65(2), 363-372.
- 解説: レントゲン上の変形の程度と痛みの強さは相関せず、中枢性感作(QST検査での痛覚過敏)の程度が臨床的な痛みと強く相関することを証明した重要論文。
- Bedson J, Croft PR. (2008). The discordance between clinical and radiographic knee osteoarthritis: a systematic search and summary of the literature. BMC Musculoskeletal Disorders, 9, 116.
- 解説: 膝OAにおける画像所見と臨床症状の不一致に関するシステマティックレビュー。
- Hannan MT, Felson DT, Pincus T. (2000). Analysis of the discordance between radiographic changes and knee pain in osteoarthritis of the knee. The Journal of Rheumatology, 27(6), 1513-1517.
- 解説: 有名なフラミンガム研究。重度の変形があっても痛みを伴わないケースが多数存在することを示した。
- Kim C, Nevitt MC, et al. (2015). Association of hip pain with radiographic evidence of hip osteoarthritis: diagnostic test assessment study. BMJ, 351, h5983.
- 解説: 股関節においても、画像上の変形と痛みの不一致(多くの変形保有者が無症状であること)を証明した研究。
