【第2回】脳が痛みを記憶する?レントゲンに映らない「中枢性感作」の正体を最新科学で解明

【第2回】脳が痛みを記憶する?

レントゲンに映らない「中枢性感作」の正体を最新科学で解明

目次

あなたの痛みは、なぜ「そこ」にあるのか?

「最初は膝だけだったのに、最近は太ももやふくらはぎまで痛い」

「日によって痛む場所が変わる気がする」

「ちょっとぶつけただけで、飛び上がるほど痛い」

前回の記事で、私たちは衝撃的な事実を知りました。 レントゲンに写る「骨の変形」と「痛みの強さ」は無関係であり、真犯人は「中枢性感作(脳の過敏さ)」である、と。

しかし、「脳が過敏になる」とは、具体的にどういうことでしょうか? 「精神的なもの?」「気のせい?」 いいえ、違います。これは、あなたの脳と神経の中で起きている「電気信号のトラブル」であり、医学的に説明できる現象です。

こんにちは。慢性痛専門の整体院「痛み回復センター東京」の早坂秀一です。 全3回シリーズの第2回。今回は、あなたの体を支配している「見えないシステムエラー」の正体に迫ります。

これを読めば、なぜ薬が効かないのか、なぜマッサージで悪化するのか、その謎がすべて解けるはずです。

「中枢性感作」とは?脳のボリュームつまみが壊れた状態

専門用語で「中枢性感作(Central Sensitization)」と呼ばれるこの現象。 難しく聞こえますが、仕組みは単純です。

あなたの体をステレオコンポだと思ってください。 通常、外部からの刺激(音楽)は、適切な音量で脳に届きます。 しかし、中枢性感作が起きている状態とは、脳の中にある「音量ボリューム(感度)」が、勝手に最大レベルまで回されてしまっている状態です。

【正常な神経】
「コツン」と叩かれた → 「コツン」と感じる(痛くない)

【中枢性感作の神経】
「コツン」と叩かれた → 「ドカーン!!」と爆音で感じる(激痛)

叩いた強さ(入力)は同じでも、脳が感じる痛み(出力)は何倍にも増幅されています。 この時、患部(膝や腰)の状態は関係ありません。信号を受け取る「脳(中枢)」側の設定がおかしくなっているのです。

科学が証明した「過敏さ」の証拠

「そんな目に見えない設定の話、信じられない」 そう思うかもしれません。 しかし、前回ご紹介したFinanら(2013)の研究は、この「過敏さ」を「QST(定量的感覚検査)」という特殊な方法で数値化し、証明することに成功しました。

この研究の凄さは、単に「痛いですか?」と聞くだけでなく、実際に患者さんの体に刺激を与えて、「神経の性能テスト」を行った点にあります。

証拠①「痛くないはずの刺激」を痛がる

研究チームは、変形性膝関節症(膝OA)の患者に対し、皮膚の上から圧力をかけるテストを行いました。 すると、痛みの強いグループ(中枢性感作グループ)は、健康な人なら痛くないような「弱い圧力」でも「痛い!」と反応しました

  • アロディニア(異時痛): 触れるだけの刺激を痛いと感じる。
  • 痛覚過敏: 少し痛い刺激を、激痛と感じる。

これが、レントゲンで変形が軽くても激痛を訴える人の体で起きていることです。 センサーの感度が高すぎて、「着ている服が擦れるだけで痛い」「シャワーの水圧が痛い」といった現象さえ引き起こします。

証拠②「患部以外」も過敏になっている

ここが最も重要なポイントです。 この研究では、膝が悪い患者さんの「腕(手首)」の痛み感度も測定しました。 膝とは全く関係のない場所です。

普通に考えれば、膝が悪くても腕は正常なはずです。 しかし結果は… 痛みの強い患者さんは、膝だけでなく「腕」も過敏になっていたのです。

膝の痛みが強い人は、全身の神経が過敏になっていた。

これは、問題が「膝(局所)」ではなく、全身を管理する「脳・脊髄(中枢)」にある決定的な証拠です。

膝の手術をしても痛みが取れない理由が、これでわかります。 火元(膝)を修理しても、警報システム全体(中枢)が暴走しているため、別の場所(腰や肩)からの信号も「激痛」として誤認し続けているのです。

証拠③「痛みが残る」現象

さらにQST検査では、「時間的加重(Temporal Summation)」という現象も確認されました。 これは、ポン、ポン、ポン…と連続して刺激を与えると、刺激の強さは同じなのに、回数を重ねるごとに痛みがどんどん増していく現象です。

中枢性感作の脳では、一度痛み信号が入ると、神経が興奮しっぱなしになり、なかなか鎮まりません(ワインドアップ現象)。 「朝、一度痛くなると、一日中ズキズキする」 「動くのをやめても、しばらく痛みが引かない」 これは、脳の興奮が冷めない(残響が消えない)状態なのです。

なぜ、脳はこんなに過敏になるのか?

では、なぜあなたの脳は、ボリュームを最大にしてしまったのでしょうか? それには、脳の「学習機能(可塑性)」と「ブレーキの故障」が関係しています。

痛みの「学習」と可塑性(かそせい)

脳には「よく使う回路を強化する」という性質(可塑性)があります。 長期間、痛みを我慢して生活していると、脳は「痛みを感じる回路」を猛烈に強化し始めます。 「毎日痛い信号が来るぞ。見逃さないように専用レーンを作ろう!」と、「痛みに対して過敏」になるよう学習してしまうのです。

ブレーキ(下行性疼痛抑制系)の故障

本来、健康な脳には、痛みを抑える「天然の鎮痛システム(下行性疼痛抑制系)」が備わっています。 「怪我をしたけど、試合中は痛くなかった」というのは、この脳内の鎮痛システム(ブレーキ)が効いているからです。

しかし、Finanらの研究でも示唆されている通り、慢性痛患者ではこのブレーキ機能が壊れています。 さらに悪いことに、痛みを増幅させるアクセル(下行性疼痛促通系)が踏みっぱなしになっています。

  • ブレーキ故障: 痛みを抑えられない。
  • アクセル全開: わずかな刺激を増幅する。

このダブルパンチが、中枢性感作の正体です。 そして、このブレーキを壊す最大の要因こそが、「不安」「恐怖」「ストレス」といった「負の感情」なのです。 (「変形している」「治らない」と医師に言われた時の絶望感が、どれほどブレーキを破壊するか、想像できますか?)

「構造」を治すのか、「システム」を治すのか

ここまで読めば、もうお分かりでしょう。 あなたが戦っている相手は、「変形した骨」ではありません。 「過敏になり、ブレーキが壊れ、暴走している神経システム」です。

【構造アプローチの限界】

システムが暴走している状態で、膝の軟骨を手術したり、腰の骨を削ったりしても、脳のボリューム設定は変わりません。

だから、「手術は成功したけど痛い」という悲劇が起きるのです。

逆に言えば、構造(骨)がそのままでも、システム(脳)のボリュームを下げ、ブレーキを修理すれば、痛みは劇的に減るということです。 それが、第1回で紹介した「変形していても痛くない79%の人たち」の正体です。彼らのシステムは正常に機能しているのです。

どうすればシステムはリセットできる?

「私の脳、完全に壊れてるじゃん…」と落ち込む必要はありません。 脳の「可塑性(変わる性質)」は、良い方向にも働きます。 脳は、いつでも書き換えることができるのです。

では、具体的にどうすれば、暴走したボリュームを下げ、ブレーキを修理できるのでしょうか? 薬? 手術? いいえ、もっと安全で、根本的な方法があります。

次回、最終回となる第3回では、 最新の「生物心理社会モデル(BPS)」に基づいた、当院独自の「神経リセット・アプローチ」の全貌を公開します。

  • 脳に「安全」を教える技術とは?
  • 自分で行う「脳のリハビリ」とは?

あなたの痛みを終わらせる「具体的な解決策」を、包み隠さずお伝えします。

第2回のまとめと、解決策への招待状

中枢性感作という言葉を知っただけで、あなたの脳はすでに少し変わり始めています。 「わけのわからない原因不明の痛み」から、「理由のある生理現象」へと認識が変わったからです。

さあ、次はいよいよ実践編です。

> 最終回へ進む:薬も手術もいらない?脳を書き換える「BPSアプローチ」

本記事の参考文献(Scientific Evidence)

解説: 痛みの慢性化における「下行性疼痛抑制系(ブレーキ)」の破綻と、「心理的要因(ストレス)」の影響について解説した論文。

Finan PH, Buenaver LF, Bounds SC, et al. (2013). Discordance between pain and radiographic severity in knee osteoarthritis: findings from quantitative sensory testing of central sensitization. Arthritis & Rheumatism, 65(2), 363-372.

解説: QST検査(圧痛閾値、時間的加重)を用いて、OA患者における中枢性感作の存在と、それが臨床的疼痛の強さと相関することを実証した研究。

Woolf CJ. (2011). Central sensitization: Implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain, 152(3 Suppl), S2-15.

解説: 中枢性感作の定義、メカニズム(可塑性、シナプス効率の変化)、臨床的意義について包括的に解説した、疼痛医学のバイブル的論文。

Arendt-Nielsen L, et al. (2010). Assessment of central sensitization in patients with osteoarthritis. Current Opinion in Rheumatology, 22(5), 518-523.

解説: OA患者に見られる「広汎性の痛覚過敏(患部以外の過敏さ)」や「時間的加重」について詳述し、中枢メカニズムの関与を解説。

Ossipov MH, Morimura K, Porreca F. (2014). Descending pain modulation and chronification of pain. Current Opinion in Supportive and Palliative Care, 8(2), 143-151.

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この記事を書いた人

早坂 秀一のアバター 早坂 秀一 痛み回復センター東京代表/日本慢性痛施術者協会理事/慢性痛施術者・整体師(臨床歴13年)


もう治らない」と諦めかけているその痛み、実は体だけでなく「脳や心の緊張」が原因かもしれません。 私は、単に筋肉をほぐすだけでなく、対話を通じて不安を取り除き、あなたが本来持つ「回復する力」を引き出すことを大切にしています。


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